熱狂の後に見えてきた、ブロックチェーン事業者の本音と建前

「音楽が鳴り続ける限り、我々は踊り続けなければならない」

       チャック・プリンス

2008年サブプライムローンの綻びが顕在化する中でチャック・プリンスがフィナンシャル・タイムスへのインタビューにおけるこの発言は、あまりにも有名ですが、バブルの熱気が収束してきたブロックチェーン業界にとっては様々な示唆があります。

ここ数年は、ブロックチェーンと社名に名付けるだけで株価が上がったり、資金調達ができたり、といった熱狂の時代が続きました。

また、ブロックチェーン技術そのものに関する過大広告も多く、「ブロックチェーンはインターネット以来の大発明」、「仮想通貨はダメだけどブロックチェーンは人々の生活をあらゆる側面から変える」といったフレーズを、嫌という程目にしてきた、という人も多いかもしれません。

熱っぽくブロックチェーンを掲げるスタートアップに対して、人々は違和感を覚えます。

「そもそも、その事業にブロックチェーンは必要なのか」

ブロックチェーンの将来性自体を否定するわけでは決してありませんが、現在、仮想通貨以外にさしたるユースケースはなく、広く、ブロックチェーンベースのスマートコントラクトを広く産業に応用するには技術的な課題が多く残されています。また、バズワードとなりバブルの熱狂が生れた事で、業界そのものが過大評価されてきた事は否めません。

今回はバブルの熱が収束しはじめた事で見えてくるブロックチェーン業界の本音と建て前について書いていこうと思います。

バブルの熱狂の収束

昨年9月にForrester Research Incは、ブロックチェーン関連のプロジェクトの内90%は実証実験の域を出る事がなく、永遠にプロダクトとしてリリースされる事はないだろう、と予測しています。実際に実証実験をしてみたもののプロダクトとしては使えない、と判断した大手企業も多くあります(Forrester.com)。

また、米ガートナーは昨年8月、報告した「先進テクノロジのハイプ・サイクル:2018年」の中で、ディープラーニングやIoTプラットフォームは過度の期待のピーク期にあり、ブロックチェーンは過度の期待のピーク期から幻滅期へと移行しつつある、と報告しています。

(出典:gartner.co.jp)

先日、記事にしたように「ブロックチェーンはインターネット以来の大発明」と市場を散々煽ったブライス・マスターズが昨年12月に、デジタルアセットホールディングスを”しれっと”、退任した事も象徴的なニュースとして伝えられました。

(参考記事:ブロックチェーンバブルを生み出したウォール街の女王が表舞台から去る理由

オッカムの剃刀

「必要が無いなら多くのものを定立してはならない。少数の論理でよい場合は多数の論理を定立してはならない。」

   オッカムのウィリアム

4日、「Blockchain`s Occam problem」と題されたレポートがマッキンゼーのパートナー3人により報告されました。彼らは、不必要な仮説をそぎ落とす事の重要性を説く、この14世紀の哲学者の提言を引用し、「ブロックチェーンが実用的かるスケーラブルに利用されているエビデンスは極めて弱い」と分析しています。

ようするに「ブロックチェーンは有用で利用すべき」という仮説が本当に必要なのかどうかを考え直しなさい、という文脈でオッカムの剃刀を引用しているわけです。

昨今、ブロックチェーンがバズワードになると、ブロックチェーンで何かをやりたい。仮想通貨以外にユースケースはないのか、といったアプローチをする事業者が増えていきました。

しかし、そのような事業者に対して「そもそも、その事業にブロックチェーンは本当に必要なのか」と人々は眉をひそめます。

それは、他の技術と同じように、”ユーザー体験を向上させるための手段として使われるべきはずのブロックチェーンが、それを使う事自体が目的になってしまっているからです。

ユーザーの悩みを解決する手段としてブロックチェーンを導入する、というアプローチではなく、事業者がブロックチェーンを使いたいから、というアプローチのプロジェクトの中には、ビジネスというより、自己満足に近いといえます。

もっとも、本当にイノベーションを起こすビジョンと能力のある事業者は、そのアプローチで問題ないですが、そうではないリソースの不十分な事業者に対する戒めとして、オッカムの剃刀は今後も使われ続けるでしょう。

ブロックチェーン事業者の本音と建前

2019年は、ブロックチェーンの事業者の本音と建て前が見えてくる年になる、と考えています。事業者を以下の3種類に分類して考えてみたいと思います。

1.真面目に研究開発に専念する事業者

2.戦略的にブロックチェーンバブルに乗じた事業者

3.自身がバブルの熱に当てられている事業者

1.真面目に研究開発に専念する事業者

バブルや相場に関係なく、研究・開発に専念する事業者にとっては2019年は良い年となるでしょう。このような事業者は、そもそも相場の乱高下など気にしていないですし、バブルの雑音がなくなる。日本にも、将来を見据えて真面目に研究開発を続ける事業者は数多くいます。

2.戦略的にブロックチェーンバブルに乗った事業者

前述したように、2016年、2017年はブロックチェーンと社名に名付けるだけで株価が上がったり、資金調達ができたり、といった時代でした。そのため、意図して、戦略的にバブルに乗じたプロジェクトの多くは、実はすでにポジションを取り直しています。

例えば、政治議論プラットフォームのPoliPoliは、昨年8月にβ版をリリースした際には「ブロックチェーンを使ってトークンエコノミーを構築することで、良質な政治コミュニティを目指す」と公言していましたが、現在、同社のホームページからはブロックチェーンの文字が一切削除されています。

現在はブロックチェーンとは関係なく、政治コミュニティのプラットフォームとして運営されています。昨年ブロックチェーン×政治でバズった事を考えると、タイミング的にも完璧なポジショニングだったと言えます。

また、前述したブライス・マスターズは「ブロックチェーンはあらゆる側面から人々の生活を変える」と煽りに煽っていたわけですが、現在デジタル・アセット・ホールディングスのホームページからも現在、ブロックチェーンの文字は一切ありません。

日本国内の著名VCやエンジェル投資家の中にも、最近ブロックチェーンと言わなくなった人もいますが、誰しも、何人かは心当りがあるでしょう。

3.自身がバブルの熱に当てられてブロックチェーン事業者

厳しい言い方になりますが、「なんとなく流行っているから」、「かっこいいから」、といった軽薄な動機でブロックチェーン事業を始めてしまった事業者は、今後、詐欺的なプロジェクトと同様に淘汰されていくでしょう。

「ブロックチェーンで何かをやれないか」といったアプローチでアイディアソン(?)を続けていれば許されるといった状況は続かないと思います。

これから、安易に資金調達をしてしまい、結果を出せなったプロジェクトに対して、出資者は、如何にして回収するかに注力するようになります。

出資者はいつまでもブロックチェーンポエムを聞いているわけにもいきませんし、英米の大手法律事務所の中には、ICOの出資者に対して回収代行の営業を始めている所もあります。彼らは、ジブラルタルなどのICOヘイブンで資金調達していようが関係なく、「地獄の果てまで追いかけますよ」と言うわけです。

何より、中途半端なリソースを元に、大風呂敷を広げてしまった事業者が、ブロックチェーンのアイディアソンで何年も時間を浪費してしまったとして、彼らが失うのは絶対に取り返す事の出来ない“時間”です。

さて、今回はかなり、ざっくばらんとしたコラムになってしまったので、異論・反論もあるかと思いますが、今後の業界の動向を見る上での参考にして頂ければ幸いです。