救世主か破壊者か「ビットメインのIPOに関する留意点」

ビットメインが2018年9月に180億ドルの資金調達を目指したIPOを予定している。これが成功すれば2012年にフェイスブックが行ったIPOを上回る史上最高額のIPOとなり、ビットメインの時価総額は400億ドルから500億ドルに上るとされている。

 

ジーハン・ウー(jihan wu)は率いるビットメイン社はマイニング専用機器ASICの製造とハッシュレート(≒マイニング量)で世界一のシェアを誇る。同社が発表したIRによるとビットメインの提供するASICは全採掘量の66.6%がビットメインのASIC により採掘されており、8月20日時点でビットメインの運用するマイニングプールはBTCのハッシュレートの30%を占める巨大企業だ。

 

昨年セコイアキャピタルチャイナ主幹で行われた資金調達ではシリーズA,Bラウンドで計4,5億ドルを調達し、その時点での時価総額は120億ドルと評価された。また今年7月23日までに行われたプレICOでビットメインは10億ドル以上を調達している。ちなみにこのプレICOではソフトバンクやテンセントも参加しているとの報道があったが両社は共に関与を否定している。

 

IRによるとビットメインの2017年は純利益は11億ドルであり2018年の第一四半期ですでに11億ドルの純利益を生み出している。同社は今年20億ドルの純利益を見込んでいる。

(引用:coindesk.com

さてこの世界最大のマイニングファームは多くの仮想通貨を保有している事でも知られるのだがプレIPOで公表したIR情報が物議を醸している。同社はBTCの保有数を2016年から徐々に減少させており、2016年12月の7万1千BTCから2018年3月31日には2万2BTCにまで減少させている。一方でBCHの保有数を増やし続けており、2017年12月の84万BCHから2018年3月には102万BCCまで増えている。これは現時点でのBCCの総供給量1729万BCHの約6%に相当する。

平均評価額と数量をかけた2018年3月時点の合計評価額でBCHの保有額は8.8億ドルとBTCの1.4億ドルを大きく上回っている。ここで留意すべき事は3月から対ドルの値段は半分程にまで下がっているためビットメインはかなりの額の含み損を抱えているのだ。それも関係してかビットメインはQ2での財務諸表を公開していない。BCHの平均購入単価は$900付近なので同社の評価損は3億ドルを超える計算になる。

 

またビットメインは総供給量の約6%に相当するBCHを保有しているが、CoinMarketCapによるとBCHの日あたりの取引量は8月24日時点で4万BCH程でしかなく流動性が不足しているため、ビットメインが現在の価格でBCHを売る事は出来ない。流動性リスクを評価せずにBCH建ての資産をコインの数量と平均評価額の乗数により算出するのは不適切だ。

(注:CoinMarketCapは全ての取引所やOTC取引を全て網羅している訳ではないのであくまで参考として)

 

ビットメインがBTCを売ってBCHの保有量を増やし続けて来ている他にも、今年4月には自社で採掘したBCHをバーンして希少性を高めたり、最新のASICの決済をBCHのみで受付をしたり、またBCHベースのデジタル広告プラットフォームに300万ドル出資するなど同社”BCH寄り”の姿勢は度々指摘されてきた。中立性の問題以外にもBCHの価格の形成にビットメインが大きな影響を持っている事は明らかだ。

 

BCHそのものを批判している訳ではないが、ビットメインが流動性の不十分なBCHの価格を押し上げ、尚且つ大量に保有している事は留意するべき点の一つだ。ジーハンはIPOに先駆けて先月エコシステムのために透明性と公平性を保つためのポリシーを以下の項目と共に公表した。

 

・自社保有のハッシュレート(≒マイニング量)の公表
・シークレットマイニング(プレマイニング)を行わない
・エンプティブロックを採掘しない
・出荷に関する情報を公開する。

(引用:https://blog.bitmain.com)

 

会社の規模を考えればこれらの項目は当たり前のような事にも思えるが、ビットメイン社は最新のASICを開発する際、市場に出荷する前に自社で採掘するシークレットマイニング(プレマイニング)や、出荷先と時期を恣意的に選別(BCHマイナーを優先)しているといった疑惑があった。”エンプティブロックの採掘”とは空のブロックを採掘する事で、ビットメインはネットワークの遅延と手数料の高騰をコントロールしていたという指摘もされてきた。

 

これらの真偽はともかくとしてビットメインにはそれをする能力があり、誰もそれをコントロールする事は出来ないといった状況が長く続いたという経緯がある。今後IPOを控えるビットメインは公平性と透明性の観点から厳しく監視され、BCHとビットメインの関係性の厳しく追及される可能性がある(対立勢力からの恣意的な情報戦も含めて)。

 

またビットメインの2017年売上高の92.1%はASICの販売によるものとされているが、ビットメインは2018年の純利益を20億ドルと予想しているが、GMO、サムスン、インテルなどの大企業がマイニングに参入する事を表明している現在、今後ビットメインが今までのような独占状態を保てる保証はなく、これから競争の激化が予想される。また同社はAI向けチップの開発を新たなる主軸とする事を公表しているが、ビットメインがAI向けチップでどれ程の競争力があるかは未知数だ。

 

以上を踏まえてビットメインのIPOに関する留意点をまとめると

・ビットメインは流動性の不十分なBCHを多数保有している。

・BCHのサポートへの批判の激化によるリピュテーションリスク(恣意的な情報戦も含む)

・今までのようなBCHのサポートの継続が難しくなった場合にさらなる評価損を被るリスク。

・大手参入によるマイニング業界の激化

・未知数なAI向けチップの競争力

・IPO後の混乱がBTC、BCHネットワーク全体に波及する可能性

 

ビットメインがIPOで目標額を調達した際の評価額は500億ドルに上るとの試算もあるが、昨年主要なVCが参加したシリーズA,Bが終了した時点での評価額は120億ドルだった。主要なVCはすでにイグジット出来る一方でIPOにこれから参加する投資家達は多くの不確定要素に直面する。またIPO後に情報が錯綜して混乱があった場合、仮想通貨業界全体にまで波及する可能性もあるため慎重に観察していくべき一件だ。