「ブロックチェーン2.0が世界を変える」「ブロックチェーンの成功はインターネット以来の大発明」そんな大げさが煽りが氾濫する昨今、人々はしばしブロックチェーン業界の未成熟さを目の当たりにしてきた。
多くの詐欺的なICOや非常識なボラティリティ、そしてモナコインなどのアルトコインを襲った一連のハッキング事件。「はたしてブロックチェーンは本当に人々の生活を変えるのか」、「単なる投機対象以上のポテンシャルを期待して良いのか」人々の漠然とした不安を横目に市場は無遠慮に膨張する。
目次
多くの未解決問題
「ブロックチェーン技術はインターネットのように人々の生活を変えるのか」
結論から言うと、ブロックチェーン技術が人々の生活を変えるには時期尚早だ。世界中のタレントを惹きつける一方でブロックチェーン業界は多くの未可決問題を抱えている。多くの未解決問題があるが、今回はこの業界が抱える課題の一つ「マイナーの寡占」について紹介しようと思う。
モナコインやビットコインゴールドを襲った一連の事件は悪意あるマイナーがハッシュパワーを寡占する事で起こった事件だが、まずはマイニングについての説明をご覧頂きたい。
ビットコインのような分散化されたネットワークには中央管理者がいないため世界中の有志が分担して取引を記録し、整合性を確認する。この作業をマイニングと呼び、この作業を行う者をマイナーと呼ぶ。この作業の見返りとしてマイナーはビットコインを報酬として得る。整合性の確認をするためには膨大な量のハッシュパワー(≒CPUパワー)が必要となるため世界中のマイナーは競って設備投資をする(用語解説)
理論上はラップトップでも採掘作業は可能だがラップトップのCPU程度の計算能力では現実にはビットコインはおろかマイナーなアルトコインすらほとんど採掘できない。そのため採掘専用機器のASIC(特定用途向け集積回路)やハイスペックなグラフィックボードが採掘に用いられる。ビットコインの登場以来、世界中のマイナー達は市場原理の基づきマイニング機材への設備投資の過酷な競争を繰り広げて来た。マイニング競争の要素としては電気代、土地代、冷却コスト、ASIC機器へのアクセスなどがある。その競争の過程で一部の地域の特定のマイナーがネットワークにおいて大きなハッシュパワーを寡占する事となった。
(Bitmain社製ASIC AntminerS9)
(中国最大手Bitmain社のマイニングファーム)
ハッシュパワーの独占が意味する事
特定のマイナーがそのネットワークにおいて51%以上のハッシュパワーを持った場合は任意にブロックチェーンを書き換えてしまう事が出来る。つまり理論上帳簿を自身の都合に合わせて改ざん出来てしまうのだ。また「積極的に」特定のマイナーをブロックする事も出来るため、ハッシュパワーを寡占する事は絶大な権力を持つ事を意味する。そのため仮想通貨の黎明期から開発者たちは将来必ず現れるであろう「巨大なマイナー」によるブロックチェーンの支配をたびたび警告してきた。
膨大な量のCPUパワーと電力が投入されているビットコインのネットワークにおいては51%のハッシュパワーを支配する事は現実的ではないが、市場規模の小さい多くのアルトコインにとってハッシュパワーの寡占は常に差し迫った問題だ。モナコインのブロックチェーンを攻撃した犯人は57%程のハッシュパワーを支配していたと言われている。
(関連記事:モナコインを襲ったSelfish Mining)
モナコインやビットコインゴールドなどのアルトコインを襲った事件は悪意あるマイナーがハッシュパワーを寡占しセルフィッシュマイニングという手法により行われたものだが、実はブロックチェーンを攻撃するためには51%も必要がない事が2013年の時点で以下の論文にて指摘されている(Majority is not Enough: Bitcoin Mining is Vulnerable)。
ビットコインコアの開発者のLuke-Jrは自身のTwitterで以下のように語る。
(Luke-jr 画像:Blockstream)
「30%のハッシュレートを保持するだけで8回に1 回は6ブロックを生成できる。失敗したとしても、その試みが検知される事はない。」 (訳・引用 Twitter)
そもそもブロックチェーンの利点は「改ざん不可能な分散化されたネットワーク」という点だった。一連の事件はセキュリティの問題に留まらず「分散化されたネットワーク」という仮想通貨に置いて最も重要な理念まで揺さぶる事となった。
アルトコインだけの問題なのか
特定のマイナーによるハッシュパワーの支配はアルトコインに限った事ではない。Zerocin Electric CoinのJack Gaviganはビットコインでは上位16人、イーサリウムでは11人のマイナー達により90%ハッシュパワーが占拠されていると指摘する。 (引用: Twitter)
2018年6月7日の時点でのビットコインのハッシュパワーのシェアは以下の比率だ。
(Blockchain.info)
実は上位二社のBTC.COM とAntPoolは共にBITMAIN社CEOのジーハン・ウーがオーナーだ。彼はビットコインの採掘において全ハッシュパワーの40.9%を保有している。つまり彼がその気になればビットコインのブロックチェーンを攻撃する事が出来てしまう。人々は彼の「善意」に期待するしかないのが現状だ。
Luke-Jrは一部のマイナー達がハッシュレートを寡占する現状を指摘し採掘アルゴリズムの変更の必要性を説く。
「PoW(プルーフ・オブ・ワーク)は刷新されるべきだ。SHA2はもはや分散化されておらず、ビットメインに支配されている。」 (訳・引用:Twitter)
(注:SHA256:ビットコイン、ビットコインキャッシュなどで採用されている採掘アルゴリズム)
分裂する業界
警告する開発者たち
(Adam Back 画像:Blockstream)
「ビットコインの市場での成功はテクノロジーの限界を超えている。仮想通貨の市場をスケーリングさせるのではなくテクノロジーをスケーリングさせるためのリソースを改善するべきだ。」(Accelerating Bitcoin Adoption)
ブロックチェーンの技術は日々進化している事は事実だが、依然として多くの課題が未解決のまま先延ばしにされている。「ブロックチェーン2.0は世界を変える」、「ブロックチェーンはインターネット以来の大発明」このような大げさで無責任な煽りは誰かの恣意が隠されたポジショントークだと思った方が良いかもしれない。
石油の発見、インターネットの革新。過去の偉大なる発明の過程は「小川をこえて、木立を抜けて、鼻歌を歌いながら」といった牧歌的なものなどではなかった。ジョン・ロックフェラーがリライアブルな石油精製能力を証明するまでの石油業界は無遠慮な山師や疑似化学者の温床であったし、インターネット黎明期に人々が目にしたのはドットコム・バブルの光と影だった。いつの時代もイノベーションが見せるユートピアの裏にはディストピアが暗い影を落とす。