テクノロジーと地政学#2「世界を動かす超エリート養成機関”グランゼコール”の教育戦略」

クリプトカレンシージャーナルの読者の皆さん、こんにちは。デカルト・サーチのアモニック・パスカル・ヒデキです。私は元々フランス出身ですが、母が日本人という事もあり、東京工業大学の大学院(計算工学)に留学して、日本に移住しました。今年で来日16年目になります。11年前に、高度IT人材の紹介をおこなうデカルト・サーチを設立し、日本のベンチャー企業様に対して、主に海外の高度な技術を持つエンジニアを紹介して来ました。

仕事柄、私は日々、新しいテクノロジーに関してリサーチしているのですが、革新的なテクノロジーが人々の手に届き、世界を変えるまでの過程には、政治的、地政学的な要因が深く影響します。そのため、「テクノロジーと地政学」というテーマで、私なりの見解をコラム形式で連載させて頂く事になりました。

今回は、フランス特有の高等教育機関である”グランゼコール”に関して紹介したいと思います。私自身もエンゼア(ENSEA)というグランゼコール出身であるため、数多くのグランゼコール出身のITエンジニアを、日本のスタートアップ企業さんに紹介して来たのですが、ほぼ全員が最高の評価を得ます。今回はそんなフランスのエリート養成機関グランゼコールの実態について、私の体験談と共に紹介したいと思います。

グランゼコールとは

日本にはない、独特な制度であるため理解しづらいかも知れませんが、 グランゼコールは社会発展に寄与する高度専門職業人の養成を目的とした、国立高等教育機関群の事を言います。

最古のグランゼコールの国立土木学校は、1747年に、ルイ15世の勅令により設立されました。当時の大学は、良くも悪くも”象牙の塔”と化しており、学者たちの間では、社会発展のために学問を応用するという考えは、恥と考える風潮すらありました。そのため、建築や国家的事業を担う高度専門職人を養成する機関が必要だったのです。

現在、フランス国内にはグランゼコールは約200校あり、各グランゼコールはそれぞれ専門分野に特化しており、ひと学年100名前後のエリート少人数教育が行われています。

理工系ではエコールポリテクニークが世界的に有名です。目下炎上中のカルロス・ゴーンやシトロエン創業者のアンドレ・シトロエンなどのビジネス界の重鎮から、放射線を発見してノーベル賞を受賞したアンリ・ベクレル、コーシー列のルイ・コーシーなど学術界の巨人も多く輩出しています。

パリ祭で行進するエコール・ポリテクニークの学生達
(画像:wikipedia)

他にも、多くの政治家や大統領を輩出するENA(国立行政学院)、ビジネススクールの最高峰であるHECなどが有名です。この三つはグランゼコールの中でも別格の存在です。

フランスでは大学よりもグランゼコールの方が、圧倒的に社会的地位が高く、卒業後も将来が保証されるので、いわゆるエリートは原則として、大学ではなくグランゼコールに進学します。フランスにもハイレベルな大学はあるのですが、大学はあくまで学問を追求する場所であり「趣味として特定の学問に没頭したい人がいく場所」という位置づけです。

グランゼコール準備学級という名の監獄

グランゼコールに進学するには高校卒業後、準備学級という所に入らなければなりません。この準備学級に入るためには、高校で優秀な成績を収めて、推薦状を受ける必要があります。私の高校では、ひとクラス35人の中5人が準備学校への推薦状を貰いました

準備学級に入学すると、そこから怒涛の勉強漬けの生活が始まります。毎朝8:30から17:00までみっちり授業があり、宿題も大量に出されるので、基本的に朝起きて寝るまで勉強しかしません。バイトをする時間もありませんし、遊ぶ時間もありません。恋人とデートをする人はごく稀にいましたが、ほとんどの学生は恋愛とは無縁の監獄のような生活を送ります。

例外はありますが、準備学級は原則2年です。その間、文字通り勉強にすべてを捧げる事になります。フランスは日本とは比べ物にならない程の学歴社会です。グランゼコールに入れば、一生涯、社会的地位の高い職が保証され、新卒から幹部候補の職が得られますが、グランゼコールに入れなかった場合は、良い仕事に就く事は、ほぼ不可能なのでです(ただ、最近のスタートアップの起業家の中には、非グランゼコール出身者もいたりします)。

そのため皆、グランゼコールへ入学するために必死に勉強するのですが、中には途中で挫折してしまう人もいます。精神的におかしくなってしまったり、幻覚を見る学生もいましたね。かくゆう私も、途中ノイローゼのような状態になりました。今でも思い出すだけで気分が重くなります。二度と、二度と!!!あの生活には戻りたくないですね。

唯一の心の慰めと言えば、歴史ある荘厳な校舎でしょうか。私の通っていた準備学校の lycée charlemagne は、12世紀のイエズス会の修道院を利用しているので、校舎は荘厳で、とても美しく、初めて門をくぐった時には、その重厚な歴史に感動し「こんな場所で勉強が出来るのか」と誇らしく思ったものです。まぁそんな美しい校舎も、入学3日後には、禍々しくも瘴気を帯びた監獄に見えてくるのですが。

準備学級の校門。一見すると美しいですが、、、、

難問続出の口頭試問 Khôlle

私の通っていた準備学校は理数系の学校だったので、数学、物理、化学、プログラミングの授業がメインでしたが、筆記試験の他に、毎週Khôlle という口頭試問がありました。教員13人の前で、(学生3人)提示された課題に関して、黒板を前にその場で説明するのです。数学の場合は「はい、この数式を証明して」といった感じです。

フランスらしく哲学のKhôlleもあります。「自由とは何か」といった定番のトピックもあれば、「幸せは、引き寄せるものなのか、それとも、自分から獲得しにいくものなのか」、「自分の権利を守る事は、自分の利権を守る事と同一か」、「人は、母国の文化から脱却する事は可能なのか」といった問題のように、自分の知識を総動員した抽象度の高い思考力を問うものもあります。唐突に「人間は、一人で思考する生き物ですか?」と諮問される事もあります。Khôlleには発言力、プレゼンテーション力、アドリブ力を鍛える狙いがあります。座学だけでは国を担うエリートは養成出来ないという考えが背景にあります。

2年間の”監獄生活”を終了すると、グランゼコールへの入学試験が受けられます。筆記試験と Khôlle により選抜試験が行われます。

グランゼコールでの学生生活

ノイローゼになりながらも、努力の甲斐もあって、私はENSEA(エンゼア)という電気工学系ではTop5くらいのグランゼコールに入る事が出来ました。因みにエコール・ポリテクニークには届きませんでした。あそこに入れるのは選ばれし真の天才です!

グランゼコールでは、1年目はひたすら、座学を叩き込まれます。私の学校は電気電子工学の専門だったので、プログラミング、電子工学、電気工学、通信、パワーエレクトロニックと数学がメインでした。もちろん Khôlle やディスカッションの時間を多くありました。

2年目では、座学の他に、”社会研修”として数か月間、社会に出て労働経験を積みます。この研修制度は、どのグランゼコールでも共通したものなのですが、あえて、グランゼコール出身者が将来就く事のないような業務(配送や倉庫管理など)に配属されます。これは国を担うエリートたるもの、あらゆる業務を経験していなければならない、という考えに基づいています。

3年目は、その学校にもよりますが、将来自分が就くような会社や機関にインターンシップに行きます。留学する人もいます。

グランゼコールでの生活も基本的に勉強漬けなのですが、ダンスや柔道などのクラブ活動に入る学生も多いです。しかし、カリキュラムはみっちり詰まっているので、週末遅くまで飲みに出かけたりするような学生はいませんでした。基本的に皆、熱心に勉強します。因みに私は日本に留学したかったので、クラブ活動には入らず、余った時間に日本語の勉強をしていました(ガキの使いやエンタの神様など笑)。

日本語の勉強の甲斐もあって、私は3年目で日本の東京工業大学への留学が認められました。東工大では情報理工学研究科計算工学専攻を専攻しました。当時は、同時翻訳機の開発に興味があったので、音声解析で世界的な権威である古井貞煕先生の研究室に入りました。

東工大で修士を所得した後、フランスにもどり、晴れてグランゼコールを卒業する事が出来ました。グランゼコールを卒業すると、(Diplome d’ingenieur)ディプロマ・オブ・エンジニアという国が保証する学位が得られます。この学位があれば、一生安泰なキャリアを歩む事が保証されます。卒業式の授与式では、これまでの頑張った成果が実ったのだと感極まる思いでした(まぁ私は日本で起業したので、自分のキャリアには直接は寄与しなかったのですが)。

グランゼコールの賛否

世界的に活躍するフランス人は概してグランゼコール出身者です。ビジネス界以外にも、ジャック・アタリ、トーマス・ピケティや、各ノーベル賞受賞者、フィールズ賞受賞者など、はほぼ全員グランゼコール出身と言えます。

フランスは労働者の労働時間は35時間以内と規定されていますが、組織の幹部候補生として社会に出たグランゼコール出身者は寝る間もなく働きます。一生安泰生なキャリアを得ると同時に、一生涯終わる事のない出世競争に身を投じる事になるのです。良くも悪くも、グランゼコール出身者と非グランゼコール出身者では、同じフランス人でも全く別人種のように見えるかも知れません。

一方で、行き過ぎたエリート主義が批判される事もあります。人生の早い段階で社会的階級が固定化されてしまいますし、グランゼコールに入れなかった場合は、起業する以外に経済的に成功する方法はありません。そのため上位数%のエリートと、その他の人々との間で生じる社会的隔絶も、かねてより問題視されて来ました。”社会や国を担う責任感”をはき違えて、自意識過剰な選民意識に囚われてしまう人もいます。「燃油が買えばなければ電気自動車に乗れば良い」といって目下炎上中のエマニュエル・マクロンもENA出身です。

日本との教育の違い

そんなグランゼコールですが、日本の高等教育の違いについても、私なりに綴ってみたいと思います(かなり主観的である事をご了承ください)。私の専攻は計算工学なので、主にITエンジニアに焦点を当てて、両者の違いを以下の4点から比較してみたいと思います。

1.管理主義と放任主義
2.高等教育における数学の位置づけ
3.柔軟性
4.管理職を見据えた教育

1.管理主義と放任主義


私は、広く日本の大学を見て来たわけではありませんが、東京工業大学に関して言いますと、天才的な学生が多くいる一方で、修士課程のカリキュラムとしては、グランゼコールに比べると「ちょっと緩いな」と思いました。

生徒の評価システムに関しても、結果重視ではなく、とりあえず頑張っている姿勢を見せれば、それほど努力をしなくても卒業は出来ますし、授業をさぼって遊んでる学生もいました。グランゼコールはカリキュラムがみっちりと詰まっているので、管理主義。日本の大学は伸びるのも、立ち止まるのも生徒次第な放任主義と言えるでしょうか。

2.高等教育における数学の位置づけ


また、フランスの高等教育機関では、抽象度の高い思考力が求められるので、数学が最も重要視されます。そのため、どの専門分野でも、高等教育を受けた人間で、数学が出来ないという人は、教育のシステム上存在しません。プログラミングとは、抽象度の高い思考を文字に起こして表現する仕事なので、ITエンジニアには高度な数学力が必須とされます。日本の場合は、高等教育を受けたITエンジニアの中でも数学力のレベルにバラつきがありますね。

また、非常にハイレベルの数学科を持つ日本の大学も沢山あるのですが、数学を他分野や産業に応用する、いわゆる、応用数学は先進国の中では存在感に欠けます。クオンツの人数も圧倒的に少ないですね。もしかしたら、日本の数学者の間では「純粋数学こそが崇高であり、数学を金儲けの道具とする応用数学なんて如何わしい!」という風潮があるのかも知れません。


その事自体は決して悪い事ではありませんし、フランスにも象牙の塔から一歩も出ようとしない数学者は沢山います。ただ、グランゼコールの場合は、社会に貢献する高度職業人を育てる事が目的なので、何かの目的のために数学を利用する事が批判される事はあり得ません。


3.柔軟性

ITエンジニアに関しては、グランゼコール出身のITエンジニアは柔軟性が高いと言われています。特定の言語にとらわれる事なく、あくまで道具としてプログラミング言語を利用する事が求められますし、効率が上がると判断したら、新しいフレームワークもすぐに利用します。弊社デカルトサーチは、グランゼコール出身のITエンジニアを数多く日本のスタートアップ企業に紹介してきましたが、ほぼ100%高い評価を得ています。その際にクライアントが言及するのはその柔軟性の高さです。

一方で、日本には「ルビー屋さん」のように特定の言語しかやらないというエンジニアがいます。何か一つの事を極めるという職人的気質が悪い事だとは決して思いませんが、これには、柔軟性に欠けるという評価につながるリスクがあります。

日本のハードウェアエンジニアは世界的に評価されますし、個人的にも世界一だと思います。しかし、一般的に日本のソフトウェアエンジニアは世界的にあまり高い評価は受けていません。そのような場合に指摘されるのは、エンジニアリング能力そのものでも、英語力でもなく、柔軟性の欠如である事が多いです。

あまり偉そうな事を言うつもりはありませんが、本来ポテンシャルのあるはずのソフトウェアエンジニアが、国際プロジェクトでは過小評価されがちな事には、ちょっと残念に思う事もあります。ただ、柔軟性に関しては、マインドセットをちょっと変えるだけで解決する問題なので、あまり悲観する必要はないのかも知れません。

実際に、若くしてインパクトファクターを稼いでるソフトウェアエンジニアは日本にも沢山いますし、イーサリアムのヴィタリク・ブテリンのようなレベルの若きエンジニアも日本には普通にいます。最近は良い方向に変わってきているとも思います。


4.管理職を見据えた教育

先ほど前述したように、フランスではシトロエン創業者のアンドレ・シトロエン、日産のカルロス・ゴーンのように理系出身の経営者やマネージャーが数多くいます。IT企業のマネージャー職はほぼ全員が理系技術者出身です。グランゼコールでは前述した
Khôlle やディスカッションの訓練を通じて、理系の技術者が将来マネージャーとなるための教育を施します。

日本では技術を分からない人がIT事業のプロジェクトマネージャーをやる事も散見されます。諸事情はあるでしょうが、技術者がマネージメント業に昇進する事に障壁がある事は、本人のキャリアにとっても社会にとっても、良い事とは言えません。

さて、今回は、グランゼコールに焦点をあてて、フランスの高等教育についてまとめてみました。決して、グランゼコールの教育が日本の教育に比べて優れているというつもりはありませんし、日本の教育が一様に柔軟性や創造性を殺すシステムだとも思いません(ありがちな批判ではありますが)。

一方で、ここ10年で世界における日本の立ち位置は根本的に変化しました。最近は「日本を変えたい」、「日本の教育を見直す必要がある」という日本の方にも多く出会います。そんな方々に、フランスのグランゼコールの教育をひとつの参考としていただければ喜ばしい限りです。


2007年、私と双子の弟で設立した、デカルトサーチは「Coders by Coders」、「IT Startup movement into Japan」という、二つの強い想いを掲げるサーチ型人材紹介会社です。創業以来、弊社は、エンジニアの皆様と各スタートアップ企業様の橋渡しをしきました。主に、外国籍の高度IT人材を日本のベンチャー企業様に紹介してきました。

弊社は、仮想通貨・ブロックチェーン関連の案件も多く扱っております。日本ではエンジニア不足と言われていますが、実は、世界には、「日本が大好きで、日本で働きたい」という、優秀なエンジニアが沢山います。弊社のネットワークにも、そいいった高度人材が多数おりますので、ご興味のある方はお気軽にお問合せ下さい!

(左:アモニック・ジュリアン・ユーキ 右アモニック・パスカル・ヒデキ)

デカルトサーチ合同会社