テクノロジーと地政学#1「フランスのイエロージャケット運動は単なるデモか、革命か」

はじめまして、デカルト・サーチのアモニック・パスカル・ヒデキです。私は元々フランス出身ですが、母が日本人という事もあり、東京工業大学の大学院(計算工学)に留学し、かれこれ在日16年目になります。11年前に、高度IT人材の紹介をおこなうデカルト・サーチを設立し、日本のベンチャー企業様に対して、主に海外の高度な技術を持つエンジニアを紹介してまいりました。

仕事柄、私は日々、新しいテクノロジーに関してリサーチしているのですが、革新的なテクノロジーが人々の手に届き、世界を変えるまでの過程には、政治的、地政学的な要因が深く影響します。そのため、「テクノロジーと地政学」というテーマで、私なりの見解を、コラム形式で連載させて頂く事になりました。第一回は、昨年末、フランスを全土に広がった、イエロージャケット運動に関して紹介したいと思います。

フランス革命以後、最大のデモ


(画像:Reuters)

「左派右派のあらゆる良心を結集して、社会的格差を是正し、フランスに”変革”をもたらす」

史上最年少の39歳でフランス大統領に就任し、かつて「変革」の青写真を描いたエマニュエル・マクロンは、現在、フランス市民の憎悪を一手に受け、皮肉な事にも、倒されるべきレジームの象徴になってしましました。

昨年11月17日、燃料価格の値上げに反対する市民たちを中心に始まった一連のデモでは、安全対策として、車載する義務のあった蛍光色のベストが、労働者のシンボルとして用いられ、”イエロージャケット運動”と呼ばれるようになりました。

当初は、一時的なフラストレーションの発散と目されていたイエロージャケット運動ですが、フランス全土で、30万人以上が参加したこの運動が収束する気配はなく、現在、フランスのみならず、ベルギーやオランダにまで波及しています。その規模は1968年に起きた5月危機のデモを超え、フランス革命以後最大と言われています。

イエロージャケット運動の発端

イエロージャケット運動が起きたのには、11月14日、マクロン大統領が燃油税、および、ガス料金と、その税金を引き上げるとともに、年金支給額を減額した事が発端です。

後にマクロン政権は、増税を2019年の6月に延期する事を発表しましたが、それでも民衆の怒りは収まらず、労働者階級と、中間層を中心にパリで始まった、この抗議活動は、瞬く間にフランス全土に広がりました。

フランスでは日本に比べて、何倍もエリート主義や学歴主義が強く、格差も深刻です。そんな中、マクロン政権が、”富に対する連帯税(solidarity tax)”を廃止した事が、富裕層への優遇措置だとして、民衆の怒りをさらに煽る事となりました。実際は、富裕層に対する減税効果は限定的であったと言われていますが、これによって、マクロンは、富裕層のために働く”雇われ大統領”の印象を持たれる事となります。

その結果、イエロージャケット運動は、一般市民たちによる、反オリガルヒ、反多国籍企業を掲げる民衆の闘争という意味合いを帯びるようになりました。そのため人々は、燃油増税反対のみならず、「マクロン政権の退陣」、「新自由主義に対する批判」、「政治の透明化」といった主張もするようになりました。

12月1日に起こったデモにはフランス全土で13万人、パリだけでも1万人が参加しています。デモに参加する人達は、明確に、フランス革命を意識しています。彼らは、もう一度、「フランス革命をやってやるぞ」と本気で思っているのです。フランス人は時折、このように狂気じみた方法で怒りを表現しますが、なんというか、これは代々受け継がれるフランス人の血といえます。

若き大統領の賛否

(画像:AFPBB)

マクロンは常に、賛否両論を巻き起こしてきました。年齢も若く、彼の演説は、民衆(特に若年層)の心を掴むものがありました。また、テクノロジーへの関心も高く、「閉塞感の漂うフランス経済に風穴をあけてくれのでは」と、この若き大統領に期待を寄せたフランス市民が多かったのも事実です。実際、彼の政策であるフレンチテックは、一定の成功を収めており、フレンチテック政策の目玉ともいえるF Stationは、世界最大規模のインキュベーションセンターに成長し、そこでは日々、野心的なスタートアップが生れています。

一方で、ロスチャイルド&Cie銀行出身のマクロンには、「フランス国民よりも、国際金融資本や多国籍企業の利益を優先させている、国際金融資本の傀儡だ」という批判もかねてよりありました。2017年の大統領選挙に関しても、投票率66%と第五共和制発足以来最低の投票率で、他の候補者がスキャンダルで次々と、自滅し、消去法で選ばれた、という見方をする国民も多くいます(大手メディアの加担もありました)。

エリート意識むき出しのマクロン

裕福な家庭に生まれ、パリ政治学院、国立行政学院と典型的なエリート街道を歩んできたエマニュエル・マクロンは、エリート意識むき出しの失言を繰り返してきました。

就職先が見つからず困窮している若者に対しては、「仕事など、どこにでもあるはずだ。私なら、あの通りを渡る間に、君に仕事を見つけてやれる」と言い放ち、「駅は、面白い場所だ。成功したものにも、何も成し遂げていないものにも出会える。」と、何の意図があるのかよく分からない(しかし確実に人々を不快にさせる)発言もしています。

イエロージャケット運動に対して、「(軽油やガソリンが買えないのなら)電気自動車を買えばよい。」と言った事は、日本でも報道されました。「パンがないのなら、ケーキを買えば良い。」と言い放ち、フランス革命で市民の手により処刑台に立たされた、マリー・アントワネットを想起させるこの発言には、さすがに政権内でも見放され、すでに2人の閣僚が辞任しています。

失言を繰り返すマクロンですが、当の本人は、恐らく悪気はないのだと思います。フランスでお決まりのエリート官僚コースを歩み、ロスチャイルド&Cie銀行の投資部門で荒稼ぎしていた彼には、庶民の気持ちを、肌感覚で理解する事など、そもそも無理な話なのです。日本でも、麻生財務大臣が、国会答弁にて、カップラーメンの値段を400円といって、庶民感覚がないと、批判されましたが。マクロンに比べれば、かわいいものですね。

民主主義とEUの”本音”と”建前”

ここ数年は、世界的に反グローバリズム、反新自由主義が台頭した時期でもありました。不祥事によって敗れはしましたが、マリー・ルペンのフランス国民戦線は、下馬評で一位になった時期もあります。他にも、オランダの自由党、イタリアの五つ星党など、EU圏内ではいずれも、反グローバリズムを掲げる政党が台頭しています。

グローバリズムを、早い段階から手放しに迎合したフランスは、それによって生じる弊害も、すでに一通り経験しています。自由、平等、民主主義の名の下に推し進められたグローバリズムは、結局のところ、一部の超国家企業や国際金融資本が、民衆を搾取するために設計されたものだという事を、フランス国民は気づいていますし、インフラや医療、福祉などが超国家企業の金儲けの手段として利用されてきた事も、身をもって体験しているわけです。ここ十年、フランスでは失業率は10%前後を推移しており、日本とは比べ物にならない格差があります。

一見すると、誰しもが否定しづらいユートピアンな理念を掲げて発足したEUには、当初より、国家の主権を脅かす、といった批判もあり、根本的な矛盾を内包していました。

例をあげればきりがありませんが、ユーロの構造的な矛盾は、その最たる例です。EU圏内では、財政政策は各国が行いますが、金融政策は欧州中央銀行が担っています。財政政策と金融政策を、一元的にコントロール出来ないが故に、破綻したのがギリシャです。

基本的にどの国も借金が増えると、通貨を刷って、インフレ政策をとります。借金を薄めるわけです。その事自体も問題はあるのですが(そのアンチテーゼとして生まれたのがビットコインですね)、借金まみれのギリシャにとっては、通貨安に誘導するのが、当時、ソフトランディングするための唯一の解決策でした。しかし、欧州中央銀行は、ギリシャ一国のために、通貨安政策を行わなかった事で、ギリシャがハードランディングしたわけです。金融政策が国家から奪われた事による、弊害は、ギリシャに限った事ではなく、EU圏内の多くの国・地域の市民を直撃しています。

少し古いアンケートになりますが、2011年Le Point紙が行った世論調査によると、ユーロ導入がフランス経済に良い影響を与えたと答えた人は36%、フランス経済にとって悪い影響を与えた、と答えた人は60%でした(lepoint.fr)。

ちょっと話がそれましたが、ヨーロッパの市民が、EUとユーロによって体験したのは、自由・平等を掲げる、グローバリズムという小綺麗な理想の裏で肥大化した、一部の超国家的企業と国際金融資本だったのです。

そのため、2017年の大統領選挙前から、フランス国民の間では、グローバリズムに対するフラストレーションが溜まっていました。その意味では、フランスのイエロージャケット運動は、単なる負け犬によるデモではなく、グローバリズムや、EUの矛盾を、現実的な危機として認識する市民による、反グローバリズム、反オリルガルヒの意味合いを帯びたものなのです。そういった背景を読めないマクロンが、火に油を注ぎ、全国レベルのデモに発展したという構図です。

マクロンの絶望的なまでのマーケットセンスの欠如

さて、このように、単なる燃油増税に反対する運動ではないイエロージャケット運動ですが、当の本人は、”人々の怒り”の本質を理解していないようです。昨年12月、緊急会見を開き、「私の発言で、人々を傷つけてしまった。」と度重なる失言を謝罪したマクロンですが、イエロージャケット運動が収束する気配はなく、市民はもはや彼を再評価する機運もありません。今年2月に入り、マクロンの支持率は23%にまで下がっています(reuters.com)。

マクロンは政策のひとつとして「ロシア、中国、アメリカからヨーロッパを守るために、EU軍を作る」と息巻いていますが、フランス市民は、そもそも、フランスよりも超国家的企業、国際金融資本を優先させる、EUの体制に対して怒っているのです。この場におよんで、EUファーストを邁進するロスチャイルド&Cieマーケット銀行出身の若きエリートのマーケットセンスは、絶望的と言えます。

フランス国内では、すでに、ロスチャイルドの子飼いだという共通認識が定着しています。私がアドバイザーだったら、あの謝罪会見で「ユーロが嫌なら、ビットコインを使えば良い」と言うように進言したでしょう。人々は彼を手のひらを返して称賛したはずです。

時代遅れで、稚拙なネガティブキャンペーン

エリック・ドリエ氏。メディアはリーダー格と報じたが、、、(画像:politico.eu)

1月2日、エリック・ドリエが、届け出をせずにパリ中心部でデモを組織した疑いで、逮捕され、警察施設に留置された事が明らかになりました。各メディアは、”イエロージャケット運動のリーダーの一人が逮捕された”と大々的に報じました。

しかし、今回のイエロージャケット運動は、”民衆の草の根によるの運動”だという事が特徴です。確かにエリック・ドリエは、熱心な活動家であり、フランス国内での知名度も高いのですが、彼がリーダーか、と問われた場合、多くのフランス市民は、否定するでしょう。

18世紀末のフランス革命においても、リーダーをひとり挙げる事は出来ません。むしろ革命の主体が、特定の個人ではなく”市民”である事が、今も昔もフランス人にとっての誇りであるのです。

エリック・ドリエをリーダーに仕立て上げて、逮捕した事の裏には、この運動を鎮火する、という政治的思惑が伺えますが、多くのフランス市民は、この一件を、”政治的にデザインされた”逮捕劇だと認識しています。

これまでも、大手メディアはイエロージャケット運動の暴力性を過剰に報道して、ネガティブキャンペーンを繰り返して来ましたが、ツイッターなどのSNSに揚げられる現場の動画と、大手メディアの報道する内容には、大きな解離があります。そのため、すでにフランス市民は、大手メディアに対して、極めて懐疑的であり、背景にある”政治的思惑”も敏感に察知するのです。

フランス政府の一連の対応は、何とも稚拙で、時代遅れだと言えます。それどころか、イエロージャケット運動に対する、一連のネガティブキャンペーンは、市民と政府の解離をより一層、増大させる結果となりました。前回の大統領選挙において、マクロンに敗れたジャン=マリー・ル・ペン(国民連合)は、ドリエの逮捕を受けて、彼の支持を公表しています。マクロン政権の、稚拙なネガティブキャンペーンは政敵にまで突かれる事となりました。

リーダー不在の革命の帰趨

「革命とは、客を招いてごちそうすることでも無ければ、文章を練ったり、絵を描いたり、刺繍をしたりすることでもない。そんなお上品でおっとりとした雅やかなものではない。革命とは暴力である。一つの階級が他の階級をうち倒す、激烈な行動なのである。」(毛沢東)

誰が舵取るわけでもなく、人々は、今日も、黄色いベストに袖を通し、街へ繰り出します。フランス国内のみならず、周辺のヨーロッパ各国にも広まっています。しかし、イエロージャケット運動にはリーダーが不在なため、確固たるディレクションがないようにも見受けられます。過去の”革命”にくらべると、少し、切れ味や力強さが足りないかもしれませんし、行く当ても分からないまま、漠然と”浮遊”しているようにも見えます。

現在、人々はマクロン政権を打倒する事を掲げていますが、仮にマクロン政権を倒したとしても、超国家企業と国際金融資本を倒す事はできないので、その意味では、彼らが真の目的を達成する事は出来ません。18世紀のフランス革命で、フランス市民は、その君主を打倒する事に成功しましたが、超国家企業と国際金融資本と倒す事は出来ませんでした(というか、国際金融資本は革命側に資金援助していたのですが)。

この運動の帰趨は、現時点では、誰にも予測できません。しかし、真に分散化された、21世紀の草の根の革命というものは、18世紀のフランス革命のような激烈さも、20世紀の共産主義革命のような明確な起承転結もなく、それでいて、決して絶える事なく、静かに燃え続けるようなものなのかも知れません。

力強さや、切れ味に足りないと言いましたが、政府は常にその対応に後手に回っており、イエロージャケット運動が、政府や権力者が潰す事も、コントロールする事も出来ない草の根の運動である事には、間違いありません (False Binary やFalse Narrativeの話もあるのですが、それはまたの機会に) 。その意味では、21世紀の新しい革命の在り方を提示するこの運動は、非常に重要な意味を持ちます。

イエロージャケット運動は、何を示唆するのか

イエロージャケット運動は、現時点では、多くの日本人にとっては、大きな関心事ではないかも知れませんが、既存のオーソリティがコントロール出来ない市民運動という側面は、これからの時代、政府と市民の関わり方や駆け引きを考察する上で、非常に重要です。

例えば、新しいテクノロジーが生れる時、地政学的な要因や、政府やオーソリティとの駆け引きによって、エジソンになるか、テスラになるか、が決まります。それが破壊的なテクノロジーであるほど、この問題は避けて通れなくなります。仮想通貨の歴史も、常に、政府やオーソリティとの駆け引きの連続でした。

政治的な都合により“日の目を見る事がなかったテクノロジーは、日本でも、数多くあります。金子勇氏の研究の裏で行われていた”政治”はその象徴です。あまり偉そうな事を言うつもりはありませんが、この問題を軽視して、軽薄に”革命”という言葉を使うベンチャー企業やスタートアップ企業は、どの国でも成功するのは難しいと思います。

その意味では、イエロージャケット運動が提示した、「政府がコントロール出来ない、草の根運動」は、破壊的で、本当に重要なテクノロジーが、人々の生活に導入されるまでのプロセスを考える上で、様々な教訓と示唆を含むものなのです。

2007年、私と双子の弟で設立した、デカルトサーチは「Coders by Coders」、「IT Startup movement into Japan」という、二つの強い想いを掲げるサーチ型人材紹介会社です。創業以来、弊社は、エンジニアの皆様と各スタートアップ企業様の橋渡しをしきました。主に、外国籍の高度IT人材を日本のベンチャー企業様に紹介してきました。

弊社は、仮想通貨・ブロックチェーン関連の案件も多く扱っております。日本ではエンジニア不足と言われていますが、実は、世界には、「日本が大好きで、日本で働きたい」という、優秀なエンジニアが沢山います。弊社のネットワークにも、そいいった高度人材が多数おりますので、ご興味のある方はお気軽にご相談して頂ければ幸いです。

デカルトサーチ合同会社

(左:アモニック・ジュリアン・ユーキ、右:アモニク・パスカル・ヒデキ)