仮想通貨に関する法整備をいち早く施行したことで、一時は仮想通貨業界のハブとして、世界中から注目を集めていた日本ですが、最近は国内居住者向けのICOが実質禁止となったり、度重なる取引所のハッキング事件などのネガティブなニュースも目立ちます。
「私のクリプト履歴書#1」では、仮想通貨と国際税務に精通する柳澤賢仁さんに、今後の仮想通貨業界の法規制とトレンドについて語っていただきます。
‐仮想通貨業界に携わるようになったきっかけはどのようなものでしたか?
仮想通貨の税務で本格的に仕事を受けるようになったのは2017年に入ってからです。ただ、10年くらい前にセカンドライフというオンライン上の仮想世界の中の通貨リンデンドルの取引所をやっているエンジニアの起業家から相談を受けたことがあります。
リンデンドルはセカンドライフ内で流通していた通貨であり、ブロックチェーンではないのですが、その取引所の顧問をしている時に、米ドルに換金できるリンデンドルを会計帳簿にどうやってオンバランスしていくのか、またリンデンドルで利益が出た場合に税金はどうするのか、といったことを検討したことがありました。
昨年はICOが大きなトレンドだったので、相談がかなり来ましたね。元々、私は外資系の税理士事務所にいたので、専門は国際税務です。独立後はベンチャー企業の資金調達やイグジットを支援しているので、仮想通貨のICO案件、特に海外案件は私の強みや専門分野とどんぴしゃでマッチした感じでした。その流れでICOを税務面からお手伝いするようになりました。
昨年は法規制が追い付いていなかったので、始めは手探り状態でした。冒頭のエンジニアの起業家とはいまも仲良くさせて頂いており、昨年の夏に一緒にスイスやルクセンブルクに行き現地の専門家とディスカッションしたのですが、当時はビッグ4(世界最大手の4大会計事務所)の中でもICOの税務に関しては結論が出ていない状態でした。
-仮想通貨のどんな所に惹かれたのですか?
私は学部生時代に経済学部だったので、お決まりのケインズを勉強していたのですが、ケインズって正直つまらないし、勉強していても全然ピンと来なかったのです。当時は経済学って正直面白くないとすら思っていました。しかし、大学院に進学してオーストリア学派のハイエクの理論に出会って衝撃を受けたのです。この人面白いし、主張がシンプルで嘘がないなと。
ハイエクは20世紀を代表するリバタリアニズムの思想家ですが、小さな政府や貨幣発行自由化論(1976年)などを提唱しています。「これだ!」と思って没頭しました。その結果、税理士試験勉強がおろそかになってしまって、税理士試験で一浪することになるのですが(笑)いま思えば、ビットコインはまさにハイエクの理論を体現しています。仮想通貨の背景にあるリバタリアニズム等の思想は学生時代から好きでしたし、いまも大好きですね。
理屈としては、そんな感じで仮想通貨にハマっていきましたが、実際には別の側面もあります。例のエンジニアの起業家に連れ回されて、仮想通貨業界に出入りするようになったのですが、この業界で出会う人がみんな面白い人ばかりだったのです。いままでの東京のIT系スタートアップとはまた別のセグメントで、こんなにもイキイキとした人達のコミュニティがあるのかと思いました。業界のカオスな面を楽しんでいるクリプト界隈の人たちが好きなのです。
‐最近の日本の仮想通貨業界のトレンドについて教えて下さい。
短期でみると、日本の仮想通貨業界は低迷するのではないか、というのが正直な感想です。去年までは改正資金決済法や消費税非課税という観点から、日本は間違いなく世界をリードしていましたし、世界中のスタートアップから注目されていました。ただ、コインチェック事件で潮目が変わってしまったなと。それ以前は金融庁が仮想通貨のベンチャーからヒアリングしながら、一緒によい制度を作って、新しい産業を育てようという前向きな雰囲気がありましたが、コインチェック事件以降ベンチャーに自由にやらせようという雰囲気はなくなり、厳格に規制して行くという雰囲気になりました。
日本でICOが出来なくなったのも大きいですね。国内で再びICOが出来るようになるのは来年以降になると思いますが、その間にも世界はどんどん先に行ってしまいます。これまでも起業家や投資家が国外に出て行ってしまうという事はありましたが、規制の強化を倦厭して仮想通貨関連の起業家までもがエストニアやシンガポールなどに行ってしまうというのは日本にとって大きな痛手だと思います。
ただ、規制の強化が一概に悪いとも言えません。去年までは仮想通貨取引所はどこもカオスな状態で、オンライン証券の人達からすると仮想通貨取引所のシステムやセキュリティはあまりにもレベルが低かったわけです。今まではイノベーションだからという理由で、仮想通貨取引所の未熟な体制が大目に見てもらえていましたが、今後はそうはいきません。規制強化によって、仮想通貨取引所のセキュリティやシステムがオンライン証券のレベルに近づいていくという良い側面もあると思います。
一方、この業界はトレンドが短期間のうちに大きく変わるという特徴があります。例えば先日、Anypayがセキュリティトークンを発行するプラットフォームについてリリースしましたが、これによってまた潮目が変わったと思います。これまでは如何にしてセキュリティ性を抑えたユーティリティトークンをデザインして日米以外で売るかという観点のプロジェクトが主流でしたが、結局のところユーティリティートークンはインカムゲインを生まないので、投資対象としては微妙なところがあります。
ICOではなくSTO(Security Token Offering)という言葉もよく耳にするようになって来ていますから。これからはセキュリティトークンを日本で売るというトレンドになる可能性もあるかと思います。ただ、既存の「証券化」をあえて「トークン」でやる合理的な理由があるものがどれほどあるのかという別の問題もあります。
‐仮想通貨・ブロックチェーン業界で注目しているプロジェクトはありますか?
個人的に好きな通貨はモナコインです。モナコインは結構バカにされることが多いのですが、去年は一瞬とはいえ1年で800倍になったわけですし、発行体がないというのが好きですね。イーサリアムやネムは財団があるので国が規制しようと思ったら財団と交渉出来てしまいますが、モナコインはビットコインのように中央で管理している主体がないので、国が規制しようがありません。できるとしたら、マイニングを禁止することくらいでしょうけど、全世界で禁止されるとも思えないし、そもそもマイニングを取り締まる合理的な理由がないですから。
ブロックチェーンのプロジェクトに関しては完全に技術の話なので私の専門外です。ただ、最近のブロックチェーンプロジェクトは資金調達の部分はERC20で建付けするものの、実際のサービスはブロックチェーンを使っていないというものも結構多いです。ひと昔前の業界の方が刺激的でしたし、そろそろ”なんちゃってブロックチェーンプロジェクト”は資金調達できなくなっていくのではないかと思います。
‐日本の仮想通貨に関する法律はどのような影響を与えていますか?
先ほども申し上げたように、資金決済法とそれに基づくライセンス、この二つがあれば信用できるビジネスが出来ますし、それに加えて仮想通貨に対して消費税非課税だとしたら世界中から外資が集まらないわけがなかったのです。
そのため、多くの海外のベンチャーが日本に注目していましたが、コインチェック以降の規制強化によりその流れがなくなりました。その象徴がバイナンスです。金融庁から警告まで受けてマルタに行ってしまいました。
多くの国でICOに対して消費税が課税されますが、利益ではなく売上(トークンセール額)に対して20%の消費税がかかったりします。これは発行体にとっては結構大きな負担となります。昨年の海外勢のICOでは、消費税の掛らないジブラルタルでICOをするというケースも見られました。
‐今後日本の税制はどのように変わって行くのでしょうか。
現在、仮想通貨は雑所得扱いで最大55%の課税がかかりますが、将来的には20%の申告分離課税になると考えています。現在の雑所得という扱いは、租税理論的には「税制の投資中立性」に反していますから。一方で、仮想通貨は現在日本では金融商品とみなされていないために、出国税の対象にはなりません。将来、申告分離課税が適応されるとしたら、20%の課税になる代わりに出国税が課税されるようになるのではないでしょうか。どうしても税金を払いたくないという人は、今のうちに仮想通貨のキャピタルゲイン課税が起きない国に移住するという選択をするでしょうね。
-現在の税制の枠組みでは一般のユーザーにとって正確に申告するのは難しいように思いますが。
おっしゃるとおりで、現在仮想通貨の所得税の計算は移動平均法で原価計算をする、という指針が示されていますが、非現実的で無理があります。円ベースの取引ならまだ可能でしょうが、BTCとアルトコインのペアで取引する際は取引ごとに円換算しなければなりません。海外の取引所だと場所によっては3か月分のデータしか残ってないような所もあるようですし、一つでも取引データが欠けていたら、連続性がなくなってしまいます。アルトコインの値段をトレード毎に円換算する事は、現状の取引所のレベルからして不可能だと思います。
また、現在の税制で仮想通貨の取引を税務署が捕捉しきれるのか、という問題もあります。昨年、12月に国税庁が仮想通貨に関してアナウンスを出しましたが、あれは異例な事で、それほど大きな額の仮想通貨の取引が行われていたはず。ある推計では2017年の税収は仮想通貨によって9兆円増える、という試算でした。2016年の所得税が17.6兆円ほどだという事から鑑みても、とてつもない額です。しかし蓋を開けてみると、2017年の所得税収は18.9兆円だったので実際はかなりの申告漏れがあったのではないかと思います。いわゆる”億り人”の数も、300名程度と報道されていましたが、個人的にはそんなに少ないはずはないだろうと思います。
国内の取引所内ならば税務署が補足出来ますが、仮想通貨を海外の取引所に送金してトレードされると、追う事が難しいのではないかとも思いますね。そのため、FXのように海外の取引所を使ったら総合課税、国内の取引所は源泉徴収となるのが現実的な落としどころなのかもしれません。ただ、それだと中央集権化してしまって、仮想通貨の本来の面白さはどんどん失われていってしまうでしょうが。
詐欺的なICOに騙されて損をした人も数多くいると思うので、そういった問題を排除するという意味では、もちろん規制が必要です。締め付けすぎない、合理的で適度なルールが早く実現するとよいですね。
【柳澤賢仁】
・柳澤国際税務会計事務所 代表・税理士
・株式会社ビットポイントジャパンICOタックスアドバイザー
・AnyPay株式会社ICOコンサルティング事業部タックスアドバイザー
・Neutrino(OmiseGo)タックスアドバイザー
・ディブロック株式会社(ICON)顧問税理士
・株式会社CoinPost顧問税理士
・株式会社VALU監査役
慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程を修了後アーサー・アンダーセン税務事務所、KPMG税理士法人を経て、2004年に独立。論文『不確実性の税務』で2007年度日税研究賞(税理士の部)を史上最年少で受賞。
【柳澤国際税務会計事務所】